らいじんと味の素社が考えるPR配信の本質—— 視聴者との距離が生む信頼
「取り繕おうとしても素が現れる」一方的なメッセージにならない配信の良さ
──野中さんは味の素社内ではどのような事業を担当されていますか?
野中 味の素社での私は、PRではなく、新規事業の立ち上げを担当しています。
当社の新事業の公募制度に自分のアイデアを応募して、それが採用された結果、今はビジネス部門に異動して、応募したアイデアをもとにしたビジネスの立ち上げに取り組んでいます。
自分の趣味がゲームなのもあって「ゲーム×味の素社」というところで、ゲーマーの方の健康をサポートするような新製品・新サービスの開発などを検討しています。
もともと自分がこの業務をやろうと思ったのが、ゲーマーって世間から見たら不真面目とか不健全という印象がまだ根強いし、実際にゲーマーたちの生活もまだ健康ではない。私も配信を見ていて、何となく思うんです。
そこに私たちがよりよいライフスタイルを提案することで、ゲーマーの皆さんが健康にゲームを楽しめるようになって、世間からの目線も変わっていく。例えば子どもたちがプロゲームを目指しますと言ったときに、ちゃんと胸を張って応援できるような社会にしていきたい、という目標を掲げています。
──ゲーマーは不健康ですか。らいじんさんも30歳。健康診断の結果が気になってくる頃ですね。
らいじん 自分はまだ気を遣う方なんですよ。ただ他のストリーマーは気を遣ってはいないなと思いますね。
──野中さんとらいじんさんとはPR案件でご一緒されたとうかがいました。
野中 らいじんさんと直接のやり取りはしてないんですが、SCOPを通じて当社が製品を提供して、配信をしていただいた形です。
らいじん 前回のSCOPを通じた案件では、配信上でバナーを出しながら提供していただいた商品がどういう商品なのか、どこで売っているのかを紹介をしながら、リスナーから「食べたことある!」みたいなコメントを拾ってやり取りしました。
紹介した商品がアジア系のお粥で、ちょうどその配信の直前に台湾に行っていたんです。なので「これ似てるわ」みたいな話をしたり、写真を撮って視聴者向けのDiscordサーバーに上げたりしましたね。
PR配信がうまくいくとDiscordサーバーが盛り上がるんですよ。例えば「私はこの味買ったけど、おすすめ教えて」みたいな会話が広がる。
逆にその商品のデメリットが挙がるときもあって、それをユーザーの声として企業の方に伝えることができるのも利点だと思います。
野中 配信では「こういうお粥が届いたんだよ」としっかり食レポをしてくださったり、それに反応して視聴者の方がコメントしたり、活発にやり取りされているのが印象的でした。
──野中さんはどういう効果が出たら、PRとして成功だと考えて業務をされていらっしゃいますか?
野中 扱う商品にもよるんですけれど、配信者にもジャンルがあって、その視聴者にも「10代から30代の男性」などの属性があります。例えば新しい製品などを「この特定の属性の人たちに向けてアピールしたい」という目的で依頼するのだとしたら、配信を見てくれたターゲット属性の人が動いてくれたかどうかが大事になります。
売り上げの多寡に関わらず、PRをお願いした方たちのフォロワーが商品を買ってくれたか、SNS投稿してくれたか、検索数が上がったか、その行動変容が多く確認できれば、成功と言えると思います。
らいじん 自分宛のリプライでも「紹介してたやつ買ってみました、良かったです」みたいな感想をよく目にしますね。
──そういった中で、他ジャンルのインフルエンサーでなく、らいじんさんのような配信者を選ぶとき、どういったところを意識されていらっしゃいますか?
野中 配信が他と違うと思うのは、配信者と視聴者との距離の近さだと思います。相互にコミュニケーションできるし長時間にわたる配信もある。
いかに取り繕おうと思ったとしても素に近いところが現れて、そこが視聴者に伝わるところは一つの特徴だとは思ってます。
らいじん 嘘をつき続けるのは大変だと思いますね。自分はやったことないですし、試そうとも思わないですけど。
長く配信する人って1日8時間とか配信するわけです。「ある商品を1週間ほど紹介してください」と言われて、その商品について常にポジティブに「何も欠点がないですよ」と言い続けられるのか。できたとして、それが本当に視聴者からそう見えるのかは、かなり疑問です。
自分も一定期間使い続ける形の案件で提供していただいた商品を「今も使ってるの?」とコメントで聞かれたことがあるんですよ。嘘をついて「使ってるよ〜」とは言えないですよね。
野中 動画の場合だと「なんだ、PRか」とすぐ離脱してしまう可能性があるんですけど、配信はそもそもその配信者が見たくて、一緒の時間を過ごしたくて配信を開くので、まずちゃんと見てくれる。いかに会社側が配信者さんに「こういうメッセージを、こういう台本でお願いします」と伝えたとしても、コメントとのやり取りがあるので一方的なメッセージにならない。企業側のマーケティングでやってます、という点が前面に出ないところは配信の良さだと思います。
「認知を稼ぐだけならテレビCMを流した方がいい」
──PRの案件では、企業と配信者の間でどういうやり取りが行われてるのでしょう?
らいじん 自分は企業さんからいただく案件については、基本的にマネージャーに任せています。そのうえで、PRを受けるときは、基本的に自分が「いいな」と思えるものだけを紹介するようにしています。
もともと使っていたり興味あるもの以外は、1回サンプルで試させてもらう。自分がいいと思ったものじゃないとリスナーには伝わらない。認知を稼ぐだけなら別にテレビCMを流した方がいいですから。
野中 社内の担当者から聞いた話になりますが、基本的にはまずは弊社の方から「こういうPRをしたい」と協業している代理店の方にお伝えして「味の素社さんの製品だったら配信の形式がいいと思うので、こういう配信者の方とやってみませんか」という提案をいただく形もあります。
まずトライアルで、検証として行う。月1くらいの頻度で繰り返し検証をご依頼することもあります。現状、PRとしてやるというよりは、配信という媒体と当社製品との親和性はどうなのかを測るような感じです。
ちゃんと配信者さんとの相性を確認した上でやりたい場合には、担当者がその事務所もしくは配信者の方に「こういうのあるんですけど、ちょっと見てくれませんか」とアタックをして始まることもあります。
その場合は、普段から配信を見て、我々の商品を好きになってくれそうか、ちゃんと気に入ってくれそうか注意しているはずです。
例えば、代理店を介してキャスティングまで一任して複数の配信者の方にご依頼する場合は、配信が成功しないこともありますね。
数字しか見てない企業と、ただこなすだけの配信者が噛み合って良くない配信が生まれる
──成功しなかった配信、というのはわかるものなんでしょうか。
らいじん 例えば誰かに「やれ」って言われて、気乗りしないまま配信したんだな、みたいなのはパッと見てわかりますね。
個人的には、両者が納得してるんだったらいい。けど、その配信者にとって配信のサイクルと日常の中に、その商品紹介を入れる必要が本当にあるのかなって思っちゃう。
企業の人からすると当然、数字を持っている人に依頼するのが一番いい。でも配信者側の熱量が伴うかどうかはまた別の話。
配信者側の意識を変えるのは難しい、だってそのままで十分回ってるから。「熱量持ってやれ」って言ったって「なんでわざわざ……」みたいなことになってしまうんですよ。
その配信者が興味を持って楽しくやるPR案件がちゃんと提案されていれば、こんなことにはならないと思うんです。でも、企業側が配信者に興味なくて「この人、知名度あるから」という理由で依頼される場合がある。
そうなると、数字しか見てない企業の人と、ただこなすだけの配信者がちょうど噛み合って良くない配信が生まれる。
この背景には、事務所とか代理店、いろいろな人が介在することで、結局何を求めているのかわからなくなってしまうという事情もあると思います。それに、大手の配信者は、自分が数字持っていると自覚してる分、商品をリスナーに広めれば十分だと思っている。けど企業が「本当は配信者にも楽しんでやってもらいたかった」と思っていたら、ミスマッチになるじゃないですか。
一方で、企画と配信者が組み合わさっているなとか、この人にとっては日常の中でも違和感のないコラボレーションだな、と感じるPR案件はちゃんと成功してるなって思います。
配信者と企業のマッチングのところで、「この人だったらちゃんと好きそう」という企画を練って提案した方がいいなと個人的には思いますね。
野中 僕がいち視聴者として見る場合でも、案件として「見るからに身が入らずにやってるな」というのはわかります。でもそこはらいじんさんのおっしゃる通りで、こっちの見聞きの問題も絶対にあるし、それはもう配信者の人にスタイルを変えろと言っているのと一緒じゃないですか。だったらその人に頼む意味もない。企業側にも責任があると思います。
らいじん ある案件を多くのリスナーを抱えた配信者にやってもらうとき、依頼料と比べたときに「本当にその価値があったのかな?」と思ってしまうんです。それもお互いの納得の上だからいいかという感じなんですよね。
──らいじんさんはPR案件の相場を知っているからこそ、その配信を見て「こうなるのか……」と考えてしまうと。
らいじん でもそれって結局、企業の人が数字しか見てないから、数字上で満足できるというだけのこと。けど個人的にはそこまでPRに重きを置いてる方ではないので、そういうこともあるんだなって。
ただ、良くはないですよね、現状。それで後になって企業が配信者に向けた案件から撤退してしまうとなったらもったいないなとは思います。
それに、視聴者が多いところに企業の人が話を持っていくのも、企画が通しやすいんだろうなっていうのもわかります。
その上で、お互いの継続的な関係にとってプラスになる配信がつくれていないのが、両者にとって良くないなって。
──らいじんさんがPR配信に重きを置いてないのは、案件を受けなくても生活に支障がないからですか?
らいじん それもあります。受けなくてもいい、その上で自分に合ってるからやる。普段と違うことをやるわけだから気分転換でもありますね。PR配信をネガティブに捉えているというよりは、「こんな新しいものがあるんだよ」と紹介する形ですね。
何より、面白くないPR配信ってまず自分が面白くない。自分も面白くないものをリスナーに見せることになる。リスナーにも「この人、面白くないことしてる人なんだな」って思われる。これって最悪じゃないですか。
誰にとっても得ではないからやらない。唯一の利点は、企業の人からお金をもらえること。それは意味ないなって。
視聴者が人気の配信者に集中する現状——らいじんは変化へのアプローチを考える
──PRに対するお考えなど、らいじんさんの配信への姿勢はとてもきめ細やかなもののように感じます。冒頭で野中さんがおっしゃった、社会からのゲーマーや配信者のイメージについて、どう考えてらっしゃいますか?
らいじん 自分はこれからの変化に対応する立場ではあるんですけど、配信者を見る世間の目も変わってきていると感じるんですよ。
配信を始めてもう8、7年くらい経つんですけど、最初の頃と比べて明らかに世間からの認知度は上がりました。昔から考えるとあり得ないことです。
野中 らいじんさんがおっしゃる通り、一般認知が上がっていって、かつ技術も上がっていくと思います。するとコンテンツも多様になってくるし、やれることもクオリティも上がっていく。それと同時に、新しくやりたいって思う人もどんどん参入しやすくなるんじゃないかなと思うんですよね。
いろいろな人が参入するといろいろなチャンネルが生まれる。そういう意味では「新商品をここに刺したいんだ」というマーケティング側の需要に対する選択肢は増えるのかなと思っています。
また、新しいことをやる場合に有望なテスト先、広告の最初のスタート位置として良い場所になるのではないでしょうか。例えば、新しい商品をPRしたとしても「ふうん」で終わったら意味がない。けれど「配信でこの人に紹介してもらったら、その視聴者たちには絶対に刺さる、体験してもらえる」みたいな。
そこから消費者による拡散を広げていくサイクルをつくれたらなと思いますね。当社もそういうことはやれてない認識なので、配信業界とはそんな仕組みをつくる協力先として関われたらなと考えています。
らいじん 現状では視聴者が人気の配信者に集中しているって言われるんですよ。その集中が今後も続くのかは考えてしまいますね。
配信をしてる人も増えた。それ自体はいいことだなと思っているんですけど、面白い配信者が増えたとき、そういう新しい配信者の人たちと、自分はどう関わっていくか。新規参入が増えて、そちらにちゃんと人気が流れるのかも不透明です。パイ全体が増え続けるのは、少子化だし考えづらいなと思っています。
自分たちはこのままでいいのか。この変化に対してどうアプローチするか。新しいことをし続けなくちゃいけないのか、変わらない方がいいのか。
変えなくちゃいけない部分と変わらない方がいい部分をまだ明確に分けきれてないし、どこまで変えればいいのか、どうバランスを取っていくのかも自分の中の課題です。
自分はそういう流れを見極めないといけない状態なので、社会的なイメージについて語るのは難しいですね。多分このままいけば、もっと人からの見る目は良くなるとは思うんですけど。
──野中さんのお話でもリスナーの10代から30代の人という属性が話題に上がりました。
らいじん そういう人たちって昔から配信を見ていて、そのまま大人になった人たちが多いと思うんですよ。自分の視聴者にも見始めた頃は大学生だったけど、今は社会人みたいな人が多くいる。
その年齢層の人が企業に勤めて、野中さんのように企画を立ち上げているんだなと感じます。個人的には、野中さんから見て同年代にどれだけ配信を見てる人がいるのか気になりますね。
野中 正直に申し上げると、企業の中で同じく働いている人と「こういう配信者、今見てるんだよね」みたいな会話があるのかと言われるとほとんどないんです。
ゲームをしているという話は聞くんですけど「この配信者は知ってる」「この配信見た」みたいな話題は今のところ聞いたことない。
らいじん それは話題に上げたことがないからですか? それとも、相手が配信を知らなさそうだと感じるからですか?
野中 個人的には前者かなとは思いますね。そもそも話題に上げようとも思ってないところもあると思います。
いろいろな企業さんに、ゲーム関係の立ち上げをやってますと挨拶をして「配信業界とかもちょっと気になってるんですよ」とお話をしても「何のことですか?」みたいな。大企業の方とかでもそんなことあったりするので、そういう経験から言うと浸透しきってないとは思います。
──どこの企業もリードオフマンとして1人だけが切り開いている状況なのかなとも思いますが、他企業の熱心な方と業界の横の繋がりで交流などはありますか?
野中 ほぼないんですけど、それこそこの前に開催されたSCOPの説明会では「この企業さんもやってたんだ」とか、「この案件の担当はこの人です」みたいな話題になりましたね。実際にお会いしてみて、しっかり熱量を持った人がやってくれてるんだなと実感しました。
直接の関わりは今のところないですし、業態が全く違うので、どう繋がればいいかというのはわからないんですけど、同じ志を持った人がいてくれるのはありがたいことですね。
らいじん これからよりいろいろな人が配信シーンに参入するようになると思います。そんな中で企業やストリーマーの垣根を越えて志を持つ人同士がつながってシーンを盛り上げていける場所にSCOPがなるといいですね。自分も積極的につながって、みんなで盛り上げていきたいと思います。